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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)3818号 判決 1985年10月30日

原告

勝本博

被告

練馬交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告に対し二六〇万五〇八〇円及び内金二三〇万五〇八〇円に対する昭和五七年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告のその余を被告らの負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、各自原告に対し八六〇万〇五〇八円及び内金七九〇万〇五〇八円に対する昭和五七年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故により負傷し、その所有の自動車を破損した。

(一) 発生日 昭和五七年六月一日 午前四時四五分ころ

(二) 発生地 川崎市高津区瀬田二四〇八番地先路上

(三) 被害車両 原告所有の大型貨物自動車(多摩一一や五〇・七三号)

運転者 原告

(四) 加害車両 普通乗用自動車(練馬五五を五八一号)

運転者 被告岸正弘(以下「被告岸」という。)

(五) 態様 原告は、事故発生地を登戸方面から川崎方面に向つて進行中、対面信号の青に従い時速四〇キロメートルで交差点に侵入したところ、被告岸が左方(東京方面)から対面信号を無視して同交差点に侵入してきたため、原告が衝突の危険を感じこれを回避するべく突嗟にハンドルを右に転把したことにより、センターラインを越えて対向車線上に進入し、折りから対向車線上を進行してきた訴外丹羽文夫(以下「丹羽」という。)運転の自動車(多摩一一か三四・三六)と衝突し、原告と丹羽が負傷し、双方の車両が破損した。

2  責任原因

(一) 被告練馬交通株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告岸をタクシー運転手として雇用し、被告会社所有の加害車両を運転させてその業務を遂行中、被告岸の後記のような過失により本件事故を発生させたものであるから、被告会社は、人身損害につき自賠法三条により、車両損害につき民法七一五条により損害賠償責任がある。

(二) 被告岸は、対面信号が赤であつたから、交差点手前の停止線で停止すべき注意義務があるところ、これを怠り、漫然と交差点に進入し、折から対面信号に従い交差点に進入してきた原告運転車両に自車を衝突せしめる危険を与えた過失により、原告が被害岸の違法運転による衝突を回避すべくハンドルを転把したため、本件事故を発生せしめたものであるから、被告岸は、民法七〇九条により損害賠償責任がある。

3  損害

(一) 休業損害 二六三万六九〇八円

原告は、本件事故により、右腓骨々折、右下腿踵部挫創、左下腿挫創等の傷害を受け、昭和五七年六月一日から同月七日まで高津中央病院に、同月八日から同月一二日まで目白第二病院にそれぞれ入院したほか、同月一六日から同年九月二七日まで目白第二病院に通院して治療を受けた(実通院日数二八日)ため、合計一〇七日間休業するに至つた。

原告は、本件事故当時自らダンプカーを所有して建材業を営み一日当り約二万四六四四円の純収入を得ていたから、右休業により合計二六三万六九〇八円の損害を被つたことになる。

(二) 入通院雑費 二万〇六〇〇円

原告は、入院に際しタクシーを利用して五〇〇〇円の費用を支出したほか、少なくとも入院一日につき六〇〇円の雑費と通院一回につき三〇〇円の交通費を支出したので、合計二万〇六〇〇円の損害を被つた。

(三) 入通院慰籍料 六〇万円

原告は、本件事故による受傷のため、前記のとおり入通院して治療を受けたが、その間の肉体的、精神的苦痛に対する慰籍料としては六〇万円が相当である。

(四) 車両損害 四六四万三〇〇〇円

原告は、本件事故により原告所有の被害車両を大破され、二〇〇万円の損害を被つたほか、大破した丹羽運転の車両の損害としてその所有者の世田谷陸送株式会社に二四〇万円を支払い、かつ、破損車両の引揚げのためレツカー車を使用して二四万三〇〇〇円を支払つたから、原告の車両損害は合計四六四万三〇〇〇円である。

(五) 弁護士費用 六〇万円

原告は、本訴提起のため弁護士に訴訟委任し、勝訴金額の一割に相当する報酬を支払う旨約したため、六〇万円の損害を被つた。

4  結論

よつて、原告は、被告らに対し、以上の損害合計八六〇万〇五〇八円及び弁護士費用を控除した七九〇万〇五〇八円に対する本件事故の翌日である昭和五七年六月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(四)は認めるが、同(五)は否認ないし争う。

2  同2の(一)のうち被告岸の過失と被告会社の責任は争うが、その余は認める。同(二)の被告岸の過失と責任は争う。

3  同3の(一)の前段は不知、後段は否認する。同(二)ないし(五)は不知ないし争う。

4  同4の主張は争う。

三  被告らの抗弁

1  仮に、被告岸に過失があるとしても、原告は、見通しのよい交差点を直進していたにもかかわらず、被告岸のタクシーに気をとられていたため丹羽運転の対向車に全く気づかず、また、被告岸運転のタクシーが停止線を越えて交差点に進入してくるのを確認しながら、クラクシヨンを鳴らしたり減速したりすることなく時速約五五キロメートルで進行し、タクシーと一〇メートルの至近距離に近づいてからあわてて回避措置をとるという極めて危険な運転をした過失によつて本件事故を惹起したものであり、かつ、原告運転の車両は整備不良車でもあつたから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

2  原告は、自賠責保険から一二〇万円を受領したが、治療費として三九万五四〇〇円を支出したにすぎないから残額八〇万四六〇〇円は本訴請求の人的損害に充当されるべきである。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1は否認ないし争う。

2  同2のうち保険金を受領したことは認める。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生とその態様

1  請求原因1の(一)ないし(四)は当事者間に争いない。

2  そして、いずれも成立に争いない甲第一一ないし第二二号証、乙第四、第五号証に証人丹羽文夫、同高相宏儀の各証言並びに原告及び被告岸各本人尋問の結果を総合し、前記当事者間に争いない事実に鑑みると、被告岸は、被告会社のタクシー運転手であるが、昭和五七年六月一日午前四時四五分ころ、業務として被告会社所有の加害車両を運転し、川崎市高津区瀬田二四〇八番地先の信号機による交通整理が行われている変形十字路交差点を東京方向から溝口方面に向い進行していたものであること、その際同交差点の対面信号は赤色の停止信号を表示していたが、被告岸は同交差点の停止位置の手前で停止せず、停止線を越えて時速一〇キロメートルの速度で同交差点に進入したこと、他方、原告は、そのころ被害車両を運転して時速四五キロメートルないし五〇キロメートルの速度で本件交差点に差しかかつたが、対面信号は青色を表示していたのでそのまま同交差点を通過しようとしたところ、左方南北道路を東京方面から進行してくる被告岸運転の加害車両を認めたが信号にしたがい停止するものと信じてそのまま進行し続けたこと、ところが被告岸の加害車両は赤信号を無視して停止位置で停止せず、ゼブラゾーン上をゆつくり走行して交差点に進入してきたので、原告はそのまま進行すれば同車と衝突する危険があるものと感じ、あわててこれを避けるため急にハンドルを右に切つたところ、折柄反対車線を対向して進行してきた丹羽運転の車両と衝突し、原告と丹羽が負傷し、双方の車両が破損したことが認められる。

右認定に反する甲第一四号証、同第一七、第一八号証の各記載部分及び被告岸本人の供述部分は、いずれも前掲各証拠に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる確たる証拠はない。

二  被告らの責任

1  前記認定の事実によれば、本件事故は、被告岸が本件交差点に差しかかつた際対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、停止線手前で一時停止せず、最も基本的な交通法規を無視して赤信号で交差点に進入した過失により発生したものというべきであるから、同被告は民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告会社は、被告岸をタクシー運転手として雇用し、被告会社所有の加害車両を運転させてその業務を遂行中に本件事故を発生させたことは当事者間に争いがなく、右事故は被告岸の過失により発生したものというべきことは前記1において認定、判断したとおりであるから、被告会社は民法七一五条及び自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  原告の損害

1  休業損害 一六〇万五〇〇〇円

成立に争いない甲第二二ないし第二四号証に原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故によりその主張の如き傷害を受け、その主張のとおり高津中央病院、目白第二病院に入、通院して治療を受け、少なくともその間の一〇七日間休業したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二二号証の一ないし三に原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、昭和五一年頃から自己所有のタンプカーを持ち込んで働いており、事故の前の昭和五七年三月には一〇四万九〇七六円、同年四月には八八万六七三四円、同年五月には八四万二四一三円の収入を得ていることが認められまた、成立に争いない甲第三六号証の一、二によれば、昭和五六年度の所得税の確定申告では年間一〇〇九万一八四〇円の収入があつたものとして申告していることが認められるが、他方、右甲第三六号証の一、二と原告本人尋問の結果によれば、原告は個人の自営業として働いているため自動車の減価消却費、修理費、燃料費等多額の経費を要しそのことにより実収入がかなり減額されることになり昭和五六年度の所得税の確定申告では所得金額はわずかに一八五万四五九四円として申告されていること、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実に弁論の全趣旨を彼比総合すれば、原告の事故当時の経費を控除した実収入は、一か月ほぼ四五万円(一日当り一万五〇〇〇円)程度と推断するのが相当であるから、原告の一〇七日間の休業損害は、合計一六〇万五〇〇〇円であることが認められる。

2  入通院雑費 七二〇〇円

原告は、本件事故による受傷の治療のため一二日間入院したことは前認定のとおりであるが、弁論の全趣旨と原告本人尋問の結果によれば、その間雑費として一日六〇〇円程度の支出をしたものと推認することができ、合計七二〇〇円の損害を被つたものと認められる。また、原告本人尋問の結果によれば、原告は、福生市の自宅から同市内の目白第二病院にタクシーや妻の運転で通院したことが認められるが、その際タクシーでの通院が不可欠であつたとか、それに支出した費用額を確定するに足りる証拠はないからこれらを原告の損害として計上することはできないものというべきである。

3  入通院慰籍料 六〇万円

原告が本件事故により受けた傷害の程度、入通院の期間その他諸般の事情を考慮すると、原告に対する慰籍料としては六〇万円をもつて相当と認める。

4  車両損害 一二四万三〇〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二九号証によれば、日本損害保険協会登録の津久井勇技術アジヤスターは、本件事故により破損した原告所有の被告車両の損害は二〇〇万円と鑑定していること、しかし、右甲第二九号証と原本の存在と成立に争いない乙第一一号証並びに原告本人尋問の結果によれば、右車両は昭和五〇年六月登録のダンプカーであつて、原告はそのころ八五〇万円で購入したものであるが、事故当時すでに法定消却年数を経過しているため原告は帳簿価額を零として税務処理をしていること、成立に争いない乙第一三号証によれば、財団法人日本自動車査定協会の桜田金三査定長は右車両の昭和五七年六月一日の推定流通価格を七二万四〇〇〇円と算定していること、がそれぞれ認められるから、これらの諸事情を彼比総合すれば、本件事故当時における原告所有の被害車両の価額は一〇〇万円程度であつたと推断するのが相当であるから、被害車両を破損させられたことによる原告の損害は一〇〇万円であると認めるのが相当である。また、弁論の全趣旨とこれにより真正に成立したものと認められる甲第二七号証の一、二によれば、原告は、本件事故により破損した原告所有の被害車両と丹羽運転の車両の処理のためレツカー車を依頼しその費用として二四万三〇〇〇円を支出したことが推認することができ、右推認を左右する証拠はない。

なお、原告は、本件事故により破損した丹羽運転の車両について、本来被告らが支払うべき損害二四〇万円を代つて支払つたとして損害賠償請求するが、成立に争いない甲第二〇・第二五号証と原告本人尋問の結果によれば、右車両の損害については保険会社から所有者の世田谷陸送株式会社に二〇〇万円の保険金が支払われていることが認められ、その他に原告が車両損害として四〇万円を支払つたと認めるに足りる確たる証拠はないから、これを原告の車両損害として計上することはできないというべきである。

5  過失相殺

被告らは、本件事故については原告にも過失があつた旨主張するところ、前記認定の事実と前掲甲第一三号証によれば、原告は、制限速度毎時四〇キロメートルを超過した速度で交差点を通過しようとしたことにより対向車線を進行してくる車両を発見することが遅れ、そのことが本件事故の被害を大きくしたことに寄与しているものとも推認することができるから、右の事情等を斟酌し、被告らの賠償すべき損害額から一割を減額するのが相当である。

そして、原告の以上1ないし4の損害の合計は三四五万五二〇〇円であるところ、過失相殺により一割を減額すれば、被告らに賠償を求めうる右の損害は計算上三一〇万九六八〇円となる。

6  損害の填補 八〇万四六〇〇円

原告は、自賠責保険から、治療費のほか八〇万四六〇〇円を受領したことは当事者間に争いがないから、右金額は本訴請求の車両損害以外の損害に充当されるべきである。(なお、治療費についてはその性質、金額を斟酌して過失相殺をしない。)。

7  弁護士費用 三〇万円

原告が本訴の提起と追行を弁護士に委任し相応の報酬を支払うことを約したことは弁論の全趣旨によつて認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係があるものとして被告らに請求しうる弁護士費用としては三〇万円をもつて相当と認める。

四  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は被告ら各自に対し前記5の損害三一〇万九六八〇円から同6の填補額八〇万四六〇〇円を控除し、これに同7の弁護士費用三〇万円を加算した二六〇万五〇八〇円及び弁護士費用三〇万円を控除した二三〇万五〇八〇円に対する昭和五七年六月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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